採用内定の取り消し
タイトル..
1 採用内定を自由に取り消せるか
企業が採用内定を出すことによって、企業と内定者との間には、解約権留保付労働契約が成立すると解釈されています(最判昭和54年7月20日)。
「解約権留保付労働契約」というのは、一定の場合に企業側から解約することができる権利が留保された労働契約という意味ですが、上記判例上、「採用内定の取消事由は、採用内定当時知ることができず、また、知ることが期待できないような事実であって、これを理由として採用内定を取り消すことが解約権留保の趣旨、目的に照らして客観的に合理的と認められ、社会通念上相当として是認することができるものに限られる」とされています。
したがって、企業が採用内定を出した場合、内定者との間において既に雇用契約は成立しており、合理的な理由がない限り企業は内定を取り消すことができません。
2 内定取消しが認められる場合
もっとも、以下のような場合には、合理的理由があるとされ、採用内定を取り消すことができます。
(1)内定通知書や誓約書に記載された内定取消事由に該当する場合
企業が内定を通知する場合、内定通知書を内定者に交付し、内定者から企業に対し入社承諾書や誓約書を提出することが一般的です。これらの書類に内定取消事由があらかじめ記載されている場合、その内容が不合理でない限り、当該事由に該当することを理由として内定を取り消すことが可能です。
(2)内定者が大学等を卒業できなかった場合
企業は内定者が大学等を卒業できることを前提として採用内定を出していると解釈されるため、内定者が大学等を卒業できなかった場合には、内定を取り消すことが可能です。
(3)履歴書等の提出書類の記載内容に虚偽があったことが発覚した場合
履歴書等の提出書類の記載内容に虚偽があることが発覚し、その虚偽記載の内容・程度が重大なものであり、従業員として不適格であるという場合には、内定の取り消すことが可能です。
(4)内定者に健康上の問題があることが判明した場合
採用内定後に、内定者に業務に堪えられない程度の健康上の問題があることが判明した場合、内定を取り消すことが可能です。
(5)内定後に内定者が刑事事件を起こした場合
採用内定後に内定者が刑事事件を起こした場合、犯罪の内容にもよりますが、内定取り消しが認められる可能性が高いと考えられます。
(6)整理解雇の要件を満たす場合
企業が経営難を理由に内定を取り消したい場合、整理解雇の要件を満たすことが必要です。整理解雇とは、経営難を理由に企業が従業員を解雇することをいい、判例上、整理解雇を行う場合には、以下の四要件が必要とされています。
①人員削減が必要であること(経営上の必要性)
②解雇を回避するために解雇以外の経費削減努力を尽くしたこと(解雇回避努力)
③解雇の対象者が合理的基準で選ばれていること(解雇対象者選定の合理性)
④解雇対象者や労働組合と誠実かつ十分に協議したこと(手続の相当性)
経営難を理由に内定取消を行う際にも、上記要件を満たす場合に初めて内容取消が可能となります。
3 合理的な理由なく内定を取り消したい場合
上記のような合理的理由がないにもかかわらず、内定を取り消す場合には、内定者の同意を取得することが必要です。企業は内定者に対して事情を説明した上で、金銭的補償を行うこと等を提案して、内定者と協議し同意を取得することになります。
実務上、解雇事由がない場合に金銭的補償を行って従業員に退職してもらう場合の補償金額の相場は月額給与の6ヶ月から12ヶ月分程度であり、内定取消の場合にも同レベルの水準の補償を検討する必要があるでしょう。
内定者の同意を得ずに、企業が内定を一方的に取り消す場合、後に内定者が内定取消しは無効であると主張して法的紛争に発展する可能性があり、また企業が訴訟等で敗訴した場合にはそれまでの給与相当額を支払わなければならないという大きなリスクを負担することになります。
そのため、内定者の同意を得ない一方的な内定取消しは避けるべきであり、内定者との間で条件について十分に協議し、内定取消の同意を取り付けられるよう交渉することが重要です。
なお、新卒者の内定取消しについては、ハローワークに事前に通知することが義務付けられています(職業安定法施行規則第35条2項)。
【平成5年6月24日付け労働省発職第134号「新規学校卒業者の採用に関する指針」より抜粋】
このため、事業主は、次の事項について十分考慮すべきである。
(1)事業主は、採用内定を取り消さないものとする。
(2)事業主は、採用内定取消しを防止するため、最大限の経営努力を行う等あらゆる手段を講ずるものとする。
なお、採用内定の時点で労働契約が成立したと見られる場合には、採用内定取消しは労働契約の解除に相当し、解雇の場合と同様、合理的理由がない場合には取消しが無効とされることについて、事業主は十分に留意するものとする。
(3)事業主は、やむを得ない事情により、どうしても採用内定取消し又は入職時期繰下げを検討しなければならない場合には、あらかじめ公共職業安定所に通知するとともに、公共職業安定所の指導を尊重するものとする。この場合、解雇予告について定めた労働基準法第20条及び休業手当について定めた同法第26条等関係法令に抵触することのないよう十分留意するものとする。
なお、事業主は、採用内定取消しの対象となった学生・生徒の就職先の確保について最大限の努力を行うとともに、採用内定取消し又は入職時期繰下げを受けた学生・生徒から補償等の要求には誠意を持って対応するものとする。
4 内定取消企業の企業名の公表制度
企業が採用内定の取消しを行った場合、ペナルティとして企業名が公表されることがあります。具体的には以下のいずれかに該当する場合、厚生労働省のウェブサイトで企業名が公表されます(職業安定法施行規則第17条の4)。したがって、安易な内定取消は避けるよう十分注意しなければなりません。
① 2年連続の内定取消し
② 同一年度内10名以上の内定取消し
③ 事業活動の縮小を余儀なくされていないのに内定を取り消した場合
④ 内定取消しの理由について内定者に十分な説明を行わなかった場合
⑤ 内定取消しの対象となった内定者の就職先確保に向けた支援を行わなかった場合
5 試用期間満了時の本採用拒否
雇用契約においては一定期間(3ヶ月程度)の試用期間が設けられていることがありますが、試用期間満了時に、企業が従業員を正式採用せずに雇用契約を終了させることを「本採用拒否」といいます。
判例上、試用期間中の従業員との関係は、採用内定と同様に「解約権留保付労働契約」であると考えられており、本採用拒否は「解約権留保の趣旨、目的に照らして、客観的に合理的な理由が存し社会通念上相当として是認されうる場合にのみ許される」とされています(最判昭和48年12月12日)。
通常の従業員の解雇と比べて、試用期間満了時の本採用拒否のハードルは低いと解釈されていますが、相応の理由が必要となります。
企業として試用期間中の従業員に問題が見受けられ、本採用拒否を検討している場合には、①従業員に対して具体的な注意指導を行い、改善を促す、②定期的に面談を実施し、改善状況を確認する、③本採用が難しい可能性を明確に伝えておく、④以上を記録化しておくといった対策が必要となります。
本採用拒否も、内定取消や解雇と同様にその有効性が争われ法的紛争に発展することが多く、また敗訴した場合の企業側のリスクが極めて大きい紛争類型であるため、本採用拒否を行う合理的な理由があるか否か、本採用拒否を行うべきか否かの判断は慎重に行うことが求められます。
6 まとめ
以上、採用内定及び本採用拒否に関する法的ルールを解説いたしました。
内定取消及び本採用拒否には合理的理由が必要とされ、一方的な内定取消及び本採用拒否は無効と判断される可能性があります。
湊総合法律事務所では、内定取消及び本採用拒否に関する企業からのご相談をお受けしています。法的な紛争に発展する前に解決することが重要ですので、内定取消・本採用拒否に関してお困りの際は是非早めにご相談いただけたらと存じます。
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