取締役が負う責任・賠償リスクの軽減方法とD&O保険の活用~会社法に詳しい弁護士が解説
タイトル..
1 取締役の職務遂行にあたって
取締役は経営のプロフェッショナルです。株主からの信託を受け、自らの経営に関する専門的な知見・ノウハウに基づき経営方針等の意思決定や業務執行等を行い、会社を動かしていくことは、大きなやりがいや喜びを感じられる仕事であるといえるでしょう。
しかし一方で、プロフェショナルとして期待されることに伴う責任も存在します。時に、株主代表訴訟などの取締役の賠償リスクが強調されるあまり、取締役がその業務の遂行にあたり過度に委縮してしまうということもあります。
そのような過度の萎縮を生じさせないためには、取締役の方に、取締役が負う責任・賠償リスクの内容や、またそれらリスクを軽減する方法を正確に理解していただくことが有効であろうと考えています。
その観点から、本サイトでは、取締役の賠償リスクやこれを軽減させる制度等について解説をいたします。リスクについての正しい情報を得たうえで、不必要に萎縮することなくその能力をいかんなく発揮して職務の遂行にあたっていただきたいと思っています。
2 取締役になると負う賠償リスク
⑴ 会社に対する法的責任
会社と取締役とは委任関係にありますので(会社法330条)、取締役は会社に対して善管注意義務を負います(民法644条)。
この善管注意義務に違反すること(委任契約上の義務の不履行)を、一般的に「任務懈怠」といいます。
任務懈怠には、役員としてしかるべき注意義務を果たさなかった場合や、法令や定款に違反した場合があります。この任務懈怠により会社に対して損害を与えた場合に、取締役は会社に対してその損害を賠償する責任を負います。
会社に対する賠償責任発生の要件は、①任務懈怠の事実、②取締役の帰責事由(任務懈怠について故意または過失があること)、③会社における損害の発生、及び④任務懈怠と損害との間の因果関係です。
⑵ 第三者に対する法的責任
取締役は第三者との間に直接の契約関係はありませんので、第三者に対しては、民法上の不法行為が成立する場合に限り法的責任を負うのが本来といえます。
しかし、株式会社は経済社会において重要な地位・役割を担っているところ、その活動は取締役が担っているということを考慮して、会社法では、民法上の不法行為より緩やかな要件にて第三者に対して賠償責任を負うものとしています(会社法429条1項)。
第三者に対する賠償責任発生の要件は、①任務懈怠の事実、②当該任務懈怠についの悪意又は重過失、③第三者における損害の発生、及び④任務懈怠と損害との間の因果関係です。
3 取締役の賠償責任を免除・制限する会社法上の仕組み
会社法上、取締役が会社に対して負う賠償責任を免除・制限する仕組みとして以下の3つがあります。
しかし、現実的に利用できる場面や効果が限られる等により、取締役の保護という観点からは不十分といえます。
⑴ 総株主の同意による責任の全部免除(会社法424条)
一人の株主でも反対があれば取締役の責任免除は受けられないので、株主が多数の会社では実質的には責任免除の実現は不可能といえます。
⑵ 株主総会の特別決議(会社法425条1項)又は定款に定めていることを前提とした取締役会決議(会社法426条1項)による一部免除
取締役の任務懈怠を原因としてその取締役が支払わなければならないとされた賠償額の一部について、一定の要件のもと免除するものです(免除できる金額の範囲は会社法上定められています)。
これらはいずれも取締役の賠償責任が認容された後に実施する事後的な措置であるところ、裁判所の判決で言い渡された賠償額について、株主総会等で減額をすることにはそれなりの理由付けが要求されるということもあり、実際に一部免除を受けられるかどうかは不透明といえます。
⑶ 責任限定契約の締結
会社との間で責任限定を締結することで、取締役が会社に対して負うことになる賠償責任の限度額をあらかじめ定めておくものです。
責任限定契約による責任の一部免除を行うためには、定款で責任限定契約を締結できる旨の定めを設ける必要があり、また、責任限定契約を締結できるのは、取締役のうち業務執行取締役等(当該株式会社又はその子会社の業務執行取締役もしくは執行役又は支配人その他の使用人)に該当しない者に限られます。
4 取締役の賠償リスクに備えた対策及び弁護士の活用方法
本項では、取締役に就任する場合に、上記のような賠償リスクを回避又は軽減するためにどのような対策が可能かを概観します。
⑴ 法的責任が発生する場合について正確に理解する
上記2で述べた対会社責任、対第三者責任が発生する具体的要件について、取締役の法的責任が問題となった裁判例などを通じて正確に把握することが重要です。
実際にどのような場合に法的責任が肯定されたのか(取締役としてどのような措置をとっていなかったがゆえに任務懈怠が認定されてしまったのか等)を知ることは、実際のケースで、任務懈怠と認定されないための判断を行うことが可能となります。
弊所では、これから取締役に就任される方、また取締役に就任されている方に対して、上記の内容に関するレクチャーサービスをご提供しておりますので、ぜひご活用ください。
⑵ 補償契約制度の利用
補償契約とは、取締役がその職務の執行に関し、法令の規定に違反したことが疑われ、又は責任の追及にかかる請求を受けたことに対処するために支出する費用(防御費用)や、第三者に生じた損害を賠償する責任を負う場合における損失(賠償金や和解金)の全部又は一部を会社が補償することを約する契約です。
従前は、このような補償契約制度が存在しませんでしたので、取締役が法令違反を疑われて訴訟提起をされた場合に、会社が負担できる訴訟費用や損失の範囲や手続については、解釈に委ねられていました。
そこでこの点を明確にし、有能な人材の確保の実現や取締役が委縮することなく職務執行できるようにする等のために、令和元年改正会社法により補償契約制度が設けられました(会社法430条の2第1項)。
補償契約を締結するには、その内容について株主総会(取締役会設置会社にあっては取締役会)の決議を経る必要があります。
また、取締役会設置会社の取締役は実施後の報告も必要となります。公開会社の場合は、当該取締役の氏名、補償契約の内容の概要、補償を実行したとき等の一定事項について事業報告の開示項目となります。
補償契約は会社と取締役との契約であり、法令で定められた一定の要件を満たす限り、基本的にその内容は会社と取締役とで決めることができます。
弊所では、これから取締役に就任される方、また取締役に就任されている方に対して、会社とどのような補償契約を締結したら良いか、また補償契約を締結する場合の具体的手続き等についてリーガルアドバイスを提供させていただきます。
⑶ D&O保険の利用
D&O保険とは、会社が取締役等の役員を被保険者として保険者と締結する保険のことです。
英語名称がDirectors’and Officers’Liability Insuranceであることから一般的にD&O保険と言われています。
従前より、上場会社を中心に普及していましたが、その内容や手続き、保険料を会社が負担することの可否等について会社法上の規定は存在しませんでした。
そのような状況を受け、令和元年改正会社法において、D&O保険に関する規定が設けられました(会社法430条の3)。D&O保険については、次項にて詳述します。
5 D&O保険について
D&O保険は、「役員等賠償責任保険」として、会社法上次のように定義されました。
すなわち、株式会社が、保険者との間で締結する保険契約のうち役員等がその職務の執行に関し責任を負うこと又は当該責任の追及に係る請求を受けることによって生ずることのある損害を保険者が補填することを約するものであって、役員等を被保険者とするもの(当該保険契約を締結することにより被保険者である役員等の職務の執行の適正が著しく損なわれるおそれがないものとして法務省令で定めるものを除く)というものです(会社法430条の3第1項)。
D&O保険の対象となるのは、法律上支払うべき賠償金や弁護士費用、裁判所への手数料等の争訟費用です(罰金や過料は対象外です)。
D&O保険の内容を決定する際には、株主総会(取締役会設置会社の場合は取締役会)の決議が必要です(会社法430条の3第1項)。
当該決議を経ることで、会社がD&O保険の保険料を負担することができます。
弊所は、これから取締役に就任される方、また取締役に就任されている方に対して、会社が締結するD&O保険の内容が、保険金の支払限度額、免責事由、遡及日等の点において当該取締役のリスクを十分にカバーできる内容になっているかどうかについてのチェック等のアドバイスを提供させていただきます。
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