従業員の犯罪行為(1):自宅待機命令・賃金支払義務
タイトル..
【従業員の犯罪行為(1):自宅待機命令・賃金支払義務】
当社の従業員Aが、業務外の飲み会の席で同僚の女性Bに対しセクハラ行為を行ったという報告を受けました。(逮捕・勾留などはされていません。)
当社はこのセクハラ行為の事実を調査してこの従業員Aを懲戒処分にするか否かを決するために、自宅待機させようと思います。
ただ、当社の就業規則には自宅待機の規定がありません。
このような場合、従業員Aを自宅待機させることはできないのでしょうか?
懲戒処分ではなく、業務命令としての自宅待機命令は、就業規則に規定がなくても一般的にできると解されています。
ただし、業務命令としての自宅待機命令は、
(1)従業員が就労することについて特段の利益がある場合には、許されません。また、
(2)この特段の利益がないとしても、自宅待機命令自体に正当な理由がないときは、裁量権の逸脱として違法と判断されます。
本件では、懲戒命令を下す前提としての業務命令としての自宅待機命令であるので、就業規則に規定がなくても、上記(1)(2)の要件をクリアーすれば自宅待機命令を適法に行うことができます。
そして、(1)Aさんの業種・職種にもよりますが、通常の職種であれば従業員が就労することについて特段の利益があるとまではいえないでしょう。その上で、(2)同僚に対するセクハラ行為の有無等の調査をするために必要であり、調査期間も通常想定される範囲内であれば自宅待機命令を適法に行うことが可能です。まず、自宅待機命令には、
(ア)懲戒処分としての自宅待機命令 と、
(イ)業務命令としての自宅待機命令 とがあります。
このうち、(ア)懲戒処分としての自宅待機命令」は、就業規則の懲戒規定にその旨の定めがなければできません。これに対し、(イ)業務命令としての自宅待機命令」については、使用者(会社)の一般的指揮命令監督権に基づくものとして、就業規則に規定がなくても可能であるとされています。
では、「(イ)業務命令としての自宅待機命令」は、会社の裁量の範囲内であれば直ちに許されるのかというと、そうではありません。
裁判例(千葉地裁平成5年9月24日)では、まず、
(1)「従業員が就労することについて特段の利益がある場合」には許されないとしています。
その上で、
(2)仮に、(1)にあたらないとしても(従業員が就労することについて特段の利益がないとしても)、「正当な理由がないとき」は裁量権の逸脱として違法になる。
という2段構えの判断をしています。
上記の判例では勤務時間中に飲酒をした航空会社の整備士を、約7ヶ月間自宅待機させ退職を求め続けた上で懲戒解雇処分にした事案で、裁判所は、(1)の「従業員が就労することについて特段の利益」はないとした上で、自宅待機命令自体は許されるとしました。しかし、一定時期以降の自宅待機については、飲酒の嫌疑についての調査をするためでなく、当該従業員を辞めさせるための目的になったものであるして、かかる目的のための自宅待機命令の継続は「(2)裁量権の範囲を超えて違法・無効であり(・・・その後の懲戒解雇処分も無効である)」と判断しました。
なお、調査目的ではなく、当該社員を勤務につけることが不適当と認められるときの自宅待機命令については、当該社員が勤務に就いた場合には会社に多大な損害や迷惑が発生する可能性があるなどの相当な理由が必要になるとする裁判例もあります。
このように業務命令としての自宅待機命令についても就業規則中に規定を設けておいた方がよいと思います。そして、業務命令としての自宅待機命令についてはその待機期間等の程度についても慎重に判断する必要があります。
以上、簡単にまとめると、次のようになります。
では、上記により従業員Aの自宅待機期間中、当社は賃金を支払わなくても大丈夫でしょうか?
業務命令としての自宅待機命令の場合は、会社には原則として賃金支払義務があります。
ただし、当該従業員を就労させないことについて、
(1)不正行為の再発・証拠隠滅などの緊急かつ合理的な理由があるとき、
(2)懲戒規定の上で、自宅待機を実質的に出勤停止処分に転化させることの根拠があるとき等の場合に限って賃金支払義務がないという裁判例があります。
本件の自宅待機命令は、懲戒処分に先立つ「業務命令(職務命令)に基づくもの」です。
業務命令として仕事をさせない場合は、原則として会社には賃金支払義務があります。これは、「債権者(会社)の責めに帰すべき事由によって債務を履行(就労)することができなくなったときは、債務者(従業員)は、反対給付(賃金)を受ける権利を失わない」(民法536条2項)という原則の現れといわれています。
しかし、就労させないことについて、不正行為の再発・証拠隠滅のおそれなど緊急かつ合理的な理由が認められる場合には、債務者(従業員)側に責めに帰すべき事由があるということができるので、上記の民法の条項に反することはありません。
また、懲戒規定の上で、自宅待機を実質的に出勤停止処分に転化させる根拠がある場合には、自宅謹慎は結果的に業務命令によるものではなく、懲戒処分(無給のままの自宅待機という懲戒処分)があったこととされるので、この場合には賃金支払義務がなくなることになると考えることができます。
裁判例(名古屋地裁平成3年7月22日)も、業務命令としての自宅待機命令の場合は、職務命令であるから会社には当然にその間の賃金支払義務があり、当該従業員を就労させないことについて、(1)不正行為の再発・証拠隠滅などの緊急かつ合理的な理由があるとき、または、(2)懲戒規定の上で、自宅待機を実質的に出勤停止処分に転化させることの根拠があるときでなければ、会社に賃金支払義務がある、と判断しています。
また、同じく懲戒処分前の就業制限について、懲戒処分を決定するための調査や審議・決定のために時間を要し、その間就業を制限しないと事故発生・不正行為の再発・証拠隠滅のおそれがあるなど、賃金を支払わずに就業を禁止する必要性が認められる場合に限定されるとする、同旨の裁判例(東京地裁平成10年5月26日)もあります。
したがって、会社としては安易に無給にするのは控え、上記(1)(2)等の要件に該当するか否かについて慎重に判断する必要があります。
では、上記の自宅待機期間中は、従業員Aの無断外出を一切禁ずることは許されるのでしょうか?
業務命令としての自宅待機命令は、勤務時間内の自宅待機を命ずるだけであり、それ以上の苛酷な制約を課するものではないので、勤務時間内の自宅待機の限度でのみ許されます。
なお、業務命令ではなく、懲戒処分として自宅待機(出勤停止)を命ずる場合には、そもそも従業員には労務提供の義務自体がなくなってしまうので、外出を禁ずることはできないのと解されていますので、注意してください。
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