判例研究
精神疾患のある従業員の職場復帰と安全配慮義務違反について研究しました
令和3年5月19日(水)に精神疾患のある従業員の職場復帰と安全配慮義務違反について研究しました。
日時 | 令和3年5月19日(水) |
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場所 | 湊総合法律事務所 |
報告者 | 弁護士 中村 駿 |
内容 | 精神疾患のある従業員の職場復帰と安全配慮義務違反について研究しました |
第378回判例・事例研究会
日時:平成28年4月27日
場所:湊総合法律事務所
報告者:弁護士 中村 駿
内容:精神疾患のある従業員の職場復帰と安全配慮義務違反
【発表判例】
東京高裁平成28年4月27日
【事案の概要】
・A は FM 放送局を運営する Y 社に入社し、ディスクジョッキー等の業務を行っていた。A は Y社入社前より、心因反応等の精神疾患がある旨の診断を受け、投薬治療を受けていた。
・A は、ディスクジョッキーとして FM 放送を担当中、「人間関係がうまくいっていません」「モラハラ、いじめがあります」「ここ何ヶ月か、モラハラで体調を崩しています」等の発言を行った。
・Y 社の取締役である B は、A が無断欠勤をしたために A の自宅を訪れた際、A が自殺を図った
形跡を発見した。
・B は A を診察した医師から、A が臨床心理士による面談を希望していることを伝えられていた
が、これ対して特に対応を行わなかった。
・当該発言から約2か月後の10月3日、A は Y 社に10日間の休暇申請を出したところ、Y 社
はこれを認め、A は休暇に入った。
・Y 社は、A から10日の休暇期間が満了する前に早期に職場復帰したい旨を伝えられたため、B
が A と面談し、早期復帰を認めた。
・その後、2週間程して、A は自殺した。
・A の相続人である X は、Y 社に安全配慮義務違反があったとして、Y 社に対し損害賠償を請求
すべく訴えを提起した。
・1審は Y 社の安全配慮義務違反を認めた(一部過失相殺ないしその類推適用により3割減額)
。
・Y 社が控訴した。
【争点】
Y 社の安全配慮義務違反の有無
【判旨】
(1)Y社は、Aが、通常の精神状態であれば、およそ公共の電波であるFM放送の番組内で話
す内容ではないことが明らかな本件いじめ発言をしていたことを把握し、また、A自身から精神
疾患に罹患し精神科医のもとで治療を継続している旨を聴取していた上、社内でも複数の女性職
員との間で軋轢を生じさせ、その後、無断欠勤に続いて自殺未遂まで生じさせていたことを把握
していた。
(2)Aからの申出に基づくものであるとはいえ、Y社において、Aを職場に復帰させるに当たっ
ては、Aの主治医のほか、他の医師の医学的所見も徴求するなどした上、それら専門的な所見を
踏まえて、Aの職場復帰の可否をはじめ、復帰する場合の復帰時期や復帰後の業務内容、勤務状
況の管理・監督体制等について事前に十分検討を重ねた上でその内容を定めるとともに、他の従
業員に対しても、Aのプライバシーを侵害しない範囲で、予めAの精神状態等について周知し、
その理解を得るなどしておくことが求められていたものと解される
(3)Y社においては、Aの精神状態や身体的状態等についてAの主治医の医学的所見を得るな
ど、専門的な立場からの助言等を何ら踏まえることなく、単に、BがAと面談しただけで、漫然
と職場復帰を決めたにすぎないのであるから、このようなY社の対応は、精神疾患に罹患し、自
殺企図にまで及んでいたAに対し、使用者として、その生命身体に対する安全を配慮すべき義務
を欠いたものと認められる。
(4)また、Y社においては、Aを職場に復帰させた後においても、Aの勤務状況等を適時的確に
把握し、Aに何らかの変調等が窺えた場合には、従前の経緯等に照らしても、Aに医療機関を受
診するよう指示して医学的所見を求め、それら専門的所見も踏まえて、その後の勤務継続の可否
やその内容、管理・監督体制等について検討することが求められていたものと解される…。
(5)Y社においては、Aが、復帰後にディスクジョッキーとして担当した番組の中で、再度、
精神的、肉体的にいつまで持つか分からないなど、通常の精神状態であれば、およそ公共の電波
であるFM放送の番組内で話す内容ではないことが明らかな事柄を話すに至っており、Y社はこ
のことを把握したのであるから、従前の経緯等も勘案すれば、Aの精神状態が再び危機的な状態
に陥っていることを容易に窺い知ることができたというべきである。ところが、Bは、むしろ、
Aの精神状態が改善に向かっているなどと安易に捉え、Aに対して何らの対応も取らずにいたも
のであって、このようなY社の対応も、Aに対し、使用者として、その生命身体に対する安全を
配慮すべき義務を欠いたものと認められる。
したがって、A の自殺について予見可能性がないとか、使用者としてなすべき注意義務を尽く
していたとの Y 社の主張を採用することはできず、他に Y 社が縷々主張する事由を考慮するとし
ても、上記の認定、判断を左右するものとはいえない。