応招義務
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応招義務
1 医師の応招義務とは
医師法19条1項にて、「診療に従事する医師は、診療治療の求めがあった場合には、正当な事由がなければ、これを拒んではならない。」とし、医師の応招義務を定めています。この義務は、国に対する公法上の義務であり、医師が患者に対して直接民事上の義務を負うものではありません。そのため、医師法において、応招義務違反に対する刑事罰は定められていませんし、同義務違反により行政処分がなされた実例も確認されていません。
医師は、「正当な理由」がある場合には診察を拒むことができ、いかなる場合においても絶対に診療を拒めないという訳ではありません。
2 医師と患者との関係
医師と患者との関係を法的にいいますと、患者が医師に対して診療行為を委任するという準委任契約(民法656条)が成立していることとなります。そのため、民法の原則論である「契約自由の原則」からすれば、医師は依頼を断ることができ、応招義務を負わなくともよいということができますが、医師法が応招義務を定めた趣旨に反する以上、正当な理由なく診療拒否をした場合には民法上の過失があるとして、損害賠償責任を負うこともあります。
実際に、診療拒否をした医師に対する損害賠償を認めた裁判例も存在していますが、裁判所は民事上の過失の有無の認定にあたり、患者の病状、医師の有する診療能力(専門の診療科等)、診療治療の求めがあったときの医師の状況(他の患者に対する治療に追われていた等)、医師が診療に従事する医療機関の設備状況(入院施設の有無、ベッドの空き状況、検査装置・点滴装置等の有無等)、代替医療機関の有無を判断材料としています。
また、迷惑行為を行う患者等の診療拒否に関して医療機関の民事上の責任が問題となった裁判例においては、患者の迷惑行為の程度、被害状況、常習性等の要素を判断材料として、診療の基礎となる信頼関係が喪失している場合には、診療しないことが正当化されるとしています。
3 令和元年通知
令和元年12月25日、厚生労働省から「応招義務をはじめとした診療治療の求めに対する適切な対応の在り方等について」という通知(以下「令和元年通知」といいます。)が出され、患者を診療しないことが正当化される事例の整理がなされています。
<一部抜粋>――――――――――――――――――――――――――――――――――
1 基本的考え方
⑴ 診療の求めに対する医師個人の義務(応招義務)と医療機関の責務
医師法第19条第1項及び歯科医師法第19条第1項に規定する応招義務は、医師又は歯科医師が国に対して負担する公法上の義務であり、医師又は歯科医師の患者に対する司法上の義務ではないこと。
応招義務は、医師法第19条第1項及び歯科医師法第19条第1項において、医師又は歯科医師が個人として負担する義務として規定されていること(医師又は歯科医師が勤務医として医療機関に勤務する場合でも、応招義務を負うのは、個人としての医師又は歯科医師であること)。
他方、組織として医療機関が医師・歯科医師を雇用し患者からの診療の求めに対応する場合については、昭和24年通知にあるように、医師又は歯科医師個人の応招義務とは別に、医療機関としても、患者からの診療の求めに応じて、必要にして十分な治療を与えることが求められ、正当な理由なく診療を拒んではならないこと。
⑵ 労使協定・労働契約の範囲を超えた診療指示等について
労使協定・労働契約の範囲を超えた診療指示等については、使用者と勤務医の労働関係法令上の問題であり、医師法第19条第1項及び歯科医師法第19条第1項に規定する応招義務の問題ではないこと。(勤務医が、医療機関の使用者から労使協定・労働契約の範囲を超えた診療指示等を受けた場合に、結果として労働基準法等に違反することとなることを理由に医療機関に対して診療等の労務提供を拒否したとしても、医師法第19条第1項及び歯科医師法第19条第1項に規定する応招義務違反にはあたらない。)
⑶ 診療の求めに応じないことが正当化される場合の考え方
医療機関の対応としてどのような場合に患者を診療しないことが正当化されるか否か、また、医師・歯科医師個人の対応としてどのような場合に患者を診療しないことが応招義務に反するか否かについて、最も重要な考慮要素は、患者について緊急対応が必要であるか否か(病状の深刻度)であること。
このほか、医療機関相互の機能分化・連携や医療の高度化・専門化等による医療提供体制の変化や勤務医の勤務環境への配慮の観点から、次に掲げる事項も重要な考慮要素であること。
・診療を求められた場、診療時間(医療機関として診療を提供することが予定されている時間)・勤務時間(医師・歯科医師が医療機関において勤務医として診療を提供することが予定されいてる時間)ないであるか、それとも診療時間外・勤務時間外であるか
・患者と医療機関・医師・歯科医師の信頼関係
2 患者を診療しないことが正当化される事例の整理
⑴ 緊急対応が必要な場合と緊急対応が不要な場合の整理
1⑶の考え方を踏まえ、医療機関の対応として患者を診療しないことが正当化されるか否か、また、医師・歯科医師個人の対応として患者を診療しないことが応招義務に反するか否かについて、緊急対応が必要な場合(病状の深刻な緊急患者等)と緊急対応が不要な場合(病状の安定している患者等)に区分した上で整理すると、次のとおりであること。
① 緊急対応が必要な場合(病状の深刻な救急患者等)
ア 診療を求められたのが診療時間内・勤務時間内である場合
医療機関・医師・歯科医師の専門性・診察能力、当該状況下での医療提供の可能性・設備状況、他の医療機関等による医療提供の可能性(医療の代替可能性)を総合的に勘案しつつ、事実上診療が不可能といえる場合にのみ、診療しないことが正当化される。
イ 診療を求められたのが診療時間外・勤務時間外である場合
応急的に必要な処置をとることが望ましいが、原則、公法上・私法上の責任に問われることはない(※)。
※ 必要な処置をとった場合においても、医療設備が不十分なことが想定されるため、求められる対応の程度は低い。(例えば、心肺蘇生法等の応急処置の実施等)
※ 診療所等の医療機関へ直接患者が来院した場合、必要な処置を行った上で、救急対応の可能な病院等の医療機関に対応を依頼するのが望ましい。
② 緊急対応が不要な場合(病状の安定している患者等)
ア 診療を求められたのが診療時間内・勤務時間内である場合
原則として、患者の求めに応じて必要な医療を提供する必要がある。ただし、緊急対応の必要がある場合に比べて、正当化される場合は、医療機関・医師・歯科医師の専門性・診察能力、当該状況下での医療提供の可能性・設備状況、他の医療機関等による医療提供の可能性(医療の代替可能性)のほか、患者と医療機関・医師・歯科医師の信頼関係等も考慮して緩やかに解釈される。
イ 診療を求められたのが診療時間外・勤務時間外である場合
即座に対応する必要はなく、診療しないことは正当化される。ただし、時間内の受診依頼、他の診察可能な医療機関の紹介等の対応をとることが望ましい。
⑵ 個別事例ごとの整理
1⑶の考え方を踏まえ、医療機関の対応として患者を診療しないことが正当化されるか否か、また、医師・歯科医師個人の対応として患者を診療しないことが応招義務に反するか否かについて、具体的な事例を念頭に整理すると、次のとおりであること。なお、次に掲げる場合であっても、緊急対応が必要な場合については、2⑴①の整理により、緊急対応が不要かつ診療を求められたのが診療時間外・勤務時間外である場合については、2⑴②イの整理による。
① 患者の迷惑行為
診療・療養等において生じた又は生じている迷惑行為の態様に照らし、診療の基礎となる信頼関係が喪失している場合(※)には、新たな診療を行わないことが正当化される。
※ 診療内容そのものと関係ないクレーム等を繰り返し続ける等。
② 医療費不払い
以前に医療費の不払いがあったとしても、そのことのみをもって診療しないことは正当化されない。しかし、支払能力があるにもかかわらず悪意を持ってあえて支払わない場合等には、診療しないことが正当化される。具体的には、保険未加入等医療費の支払い能力が不確定であることのみをもって診療しないことは正当化されないが、医学的な治療を要さない自由診療において支払い能力を有さない患者を診療しないこと等は正当化される。また、特段の理由なく保険診療において自己負担分の未払いが重なっている場合には、悪意のある未払いであることが推定される場合もある。
③ 入院患者の退院や他の医療機関の紹介・転院等
医学的に入院の継続が必要ない場合には、通院治療等で対応すれば足りるため、退院させることは正当化される。医療機関相互の機能分化・連携を踏まえ、地域全体で患者ごとに適正な医療を提供する観点から、病状に応じて大学病院等の高度な医療機関から地域の医療機関を紹介、転院を依頼・実施すること等も原則として正当化される。
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4 対策・対応
⑴ 院内で迷惑行為を繰り返す場合
令和元年通知によりますと、診療時間内に、病状が深刻ではなく緊急対応が必要ではない患者が、診療内容そのものと関係がない、不当なクレームや迷惑行為を繰り返し行っているという場合は、医療機関・医師との信頼関係が喪失されているといえますので、新たな診療を行わないことが正当化されると考えられます。
なお、過去の裁判例においては、患者が、再三にわたり病院に来院して長時間居座り、過去に受けた手術等の医療行為に関し、大声で不満を述べたり、暴言を吐いたり、同手術の説明や謝罪を要求するなどした事案(東京地裁平成26年5月12日判決)や、患者やその配偶者が病院からの説明に納得せず退去を拒否するなどし、警察が臨場して退去した事案(東京地裁平成25年5月31日判決)があります。
⑵ 支払能力があるにもかかわらずあえて支払わないような場合
令和元年通知をもとに考えてみますと、以前に医療費の不払いがあったとしても、そのことのみをもって診療しないことは正当化されず、正当化されるのは支払能力があるにもかかわらず悪意をもってあえて支払わない場合等の事情が必要と考えられます。
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