事業承継と経営者保証
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事業承継と経営者保証
ご相談
私の父は、一代で会社を起こしましたが、そろそろ70歳となり体力も衰え始めました。父や会社の役員たちは、私に父の跡を継ぐことを望んでいます。私としてもそれは嬉しいことではありますが、一つ大きな悩みがあります。
それは、父の会社が金融機関数社から合計2億円程の借り入れがあり、父がその連帯保証をしているのです。私が父の跡を継ぐと、この連帯保証を引き継がねばならない可能性が高いことです。父の会社は決して財務状況が良いわけではないので、私の家族は、父の跡を継いでしまって連帯保証債務を引き継ぐことに反対しています。
こうした場合、私はどのようにしたら良いのでしょうか?
回答
1 連帯保証債務に関する検討の重要性
多くの中小企業では、金融機関からの借入れに際して経営者個人が連帯保証しているため、事業承継に際して、現経営者が負っている多額の保証債務を引き継ぐことになるか否かは、後継者候補が事業を引き継ぐかどうかの意思決定において大きな決定要素となることがあります。
事業承継の準備が遅れ、もし現経営者が認知症を発症して判断能力を失ったような場合には、金融機関との間で保証債務を解除してもらうための交渉を行うことも困難になります。
また、相談者の事例の場合は、現経営者が自分の父親であり、このまま放置しておくと、経営者である父親が死亡した場合、相続放棄をしない限り、相続により連帯保証債務を包括承継することになってしまいます。
円滑な事業承継を実現するためには、早くから経営者の連帯保証をどうするかについて、現経営者と後継候補者おいて相談・検討しておく必要があります。
2 経営者保証に関するガイドラインの活用
(1) 経営者保証ガイドラインとは
従来、金融機関は、事業資金の貸付けに際して経営者による個人保証を求め、事業承継に際しても、後継者の経験やノウハウが乏しいことが多いことなどを理由に、経営者保証を解除することについて消極的な対応をすることが一般的でした。
しかし、経営者保証は、経営者による思い切った事業展開や経営が悪化した場合における早期の事業再生を阻害する要因にもなっていること、また、円滑な事業承継を妨げることになりかねないことから、日本商工会議所と一般社団法人全国銀行協会は、経営者保証の課題に対応するため、「経営者保証に関するガイドライン研究会」を設置し、中小企業、経営者及び金融機関の対応に関する自主的自律的な準則として「経営者保証に関するガイドライン(以下「経営者保証ガイドライン」という)」を策定し、「「経営者保証に関するガイドライン」Q&A」を公表しています。また、経営者保証ガイドラインを補完するものとして、「事業承継時に焦点を当てた「経営者保証に関するガイドライン」の特則」(以下「ガイドライン特則」という)が策定されています。
経営者保証ガイドライン及びガイドライン特則では、 金融機関に対して、事業承継時の対応として、経営者保証について後継者に当然に引き継がせるのではなく、必要性等について改めて検討することや、現経営者との保証契約を解除することについて適切に判断することを求めています。
(2)後継者による連帯保証承継の必要性に関する判断要素(経営者保証ガイドライン第4項(2))
金融機関が経営者保証の解除や保証契約の見直しに応ずるか否かを判断する際には、経営者保証ガイドラインの定めに従って、経営状況に関して以下の要件が満たされているか否かが検討されます。したがって、これらの要件を充足できるよう日頃から対策しておく必要があります。
I.経営者保証ガイドラインに定める要素
①会社と経営者との関係の明確な区分・分離
中小企業の場合、会社から経営者に対する貸付けが行われ、または、過大な役員 報酬が支払われているなど、会社と経営者が混然一体として運営されている場合があります。
このように会社の資産が経営者に流れているような場合には、金融機関としては、会社に対する貸付等を実施する際に経営者に連帯保証をさせ、会社と経営者を一体的に把握する必要が出てきます。
したがって、経営者保証の解除や保証契約の見直しを希望する場合には、このような状態を改善し、外部の専門家である税理士と適切に連携し、会社と経営者の 間の資金のやりとりを相当な範囲に限定するなど、関係を明確に区分・分離する必要があります。
② 財務基盤の強化
金融機関が、会社経営者に連帯保証を求める理由は、会社所有資産との企業運営からだけでは、返済能力に不安があるからです。会社の財務状況と経営成績の改善を図ることにより、金融機関からの借入れに対する返済能力を上げ、信用力を強化することが求められます。
③財務状況の適切な把握、適時適切な情報開示等による経営の透明性の確保
金融機関としては、会社が提出する決算書や事業計画、業績の見通しに関する資 料等の内容の真実性に疑義がある場合や、情報開示の要請に対して適時適切な資 料が開示されない場合には、会社の資金状態に関して適切な判断ができず、経営者保証を求めざるを得ないことになります。
したがって、経営者としては、事業年度の決算報告(貸借対照表、損益計算書、 勘定科目明細書等)だけでなく、定期的な試算表、資金繰り表など、正確かつ信 頼性の高い情報を提供し説明できるようにしておくことが求められます。信頼性を確保するという観点からは、税理士等の外部専門家による検証を行い、客観的 な検証結果も併せて開示できるようにしておくことが望ましいといえます。
II.ガイドライン特則に定める補完的要素
仮に、上記の経営者保証ガイドライン第4項(2)に定める要件を満たしていない場合であっても、金融機関には、総合的な判断として経営者保証を求めない対応ができないか否かについて真摯かつ柔軟に検討することが求められています。その際に検討すべき要素として、以下の4点が挙げられています。
①主たる債務者との継続的なリレーションとそれに基づく事業性評価や、事業承継に向けて経営者が作成する事業承継計画や事業計画の内容、成長可能性を考慮すること
②規律付けの観点から金融機関に対する報告義務等を条件とする停止条件付保証契約3等の代替的な融資手法を活用すること
③外部専門家や公的支援機関による検証や支援を受け、経営者保証ガイドライン第4項(2)の要件充足に向けて改善に取り組んでいる経営者については、検証結果や改善計画の内容と実現見通しを考慮すること
④中小企業活性化協議会による経営者保証ガイドライン第4項(2)を踏まえた確認を受けた中小企業については、その確認結果を十分に踏まえること
仮に経営者保証ガイドラインに定める上記の3点に関して満たしていないという場合でも、金融機関との交渉は可能ですので、諦めることなく、十分な資料を用意した上で金融機関との話し合いを持つことが重要です。
(3)事業承継に伴い保証契約が見直された事例
金融庁が発表している「『「経営者保証に関するガイドライン』の活用に係る参考事例集」を確認すると、法人と経営者との関係の区分、分離が不十分な事例でも、従前の返済状況にまったく問題がなく、前経営者の実質的な経営権ないし支配権、既存債権の保全状況、法人の資産、収益力等を勘案して、ガイドラインの趣旨に則って連帯保証の解除を含めた保証契約の見直しに応ずるなど、現実にはかなり柔軟に対応していることが分かります。
事業承継を検討する際には、金融機関に対して、経営者保証ガイドラインに沿った対応を求めることを検討すべきといえます。
3 特定調停の活用
(1)特定調停とは
特定調停とは、債務者(中小企業)の経済的再生を目的として、金融債務にかかる利害関係の調整を図ることを目的とする整理手続の手法のひとつであり、裁判所の調停手続において行われるものです。
強制的な手続きではなく、当事者間の話合いによって、返済条件の軽減等の合意を目指すもので、非公開で行われる手続きです。
(2)事業承継に伴って特定調停を利用するメリット
事業承継に伴って、現経営者及び後継者候補者が、金融機関に対して債務額の減額や連帯保証の解除を申し入れても、合意に至らないことがあります。このような場合には、特定調停の手続きを利用することが考えらえれます。
特定調停では、取引先など他の債権者を巻き込むことなく、金融機関に限定して交渉することが可能ですし、裁判所において中立な調停委員が入る公正な手続きであることから、裁判所外での交渉には消極的であった金融機関も特定調停であれば応ずる可能性があるからです。また、金融機関にとっても、債務免除に応じた場合には、無税償却ができるというメリットがあり、合意が成立しやすくなっているということも指摘されています。
さらに、特定調停制度には、「17条決定」といって、話合いによる合意が得られない場合において、裁判所が、当事者双方のために公平に考慮し、職権で、当事者双方の申し立ての趣旨に反しない限度で、事件解決のために必要な決定をすることができるという制度があります。そして、当事者が決定の告知を受けてから2週間以内に異議の申し立てをしなければ、調停成立と同じ効力が生じます。合意による調停成立に消極的な金融機関も裁判所の決定に楯をついてまで反対はしない、ということもありますので、非常に有効な制度と言えます。